「……猿?」

いきなり猿呼ばわりされて、健吾は目を白黒とさせた。
ミツはにこにこと屈託なく笑いながら続けた。

「羽も尻尾もなにもないんですのね。魔力も何も感じませんわ。うわぁ人間みたいなおサルさん! 醜い! アニマル!」
「…………」
「ほらほら、怖くありませんよ~こっちにおいでなさい」

チッチッと舌を鳴らしてミツが手招きする。
健吾はアルヴァロッタの方を見て、フーッ、と息をついてから言った。

「……殴っていいか?」
「いいわけないでしょ」

アルヴァロッタは進み出て健吾を押しのけると、ミツに言った。

「あんたも。確かに昨日サルみたいだっては言ったけど、本人の前で言っちゃダメだよ。こいつバカだけど一応人の心はあるみたいなんだから」
「そうですよミツさん。いくらサルっぽくても本人の前で言うのはどうかと思います!」

サラサが細い声を出して頷く。
健吾は三人を三白眼のような目で見回した。

「……うん、まぁ……そうだな……」
「ええ……? でもどう見てもモンキー……」

ミツは残念そうに手を引っ込めると、ニッコリとしてから健吾に言った。

「よろしくおねがいしますわ。アニマル・ケンさん」
「変な名字つけるんじゃねえよ……」

健吾が頭を抑えてため息をつく。
外見はいいが、この人魚も相当ブッ飛んでいる。
気力なくツッコんだ健吾を見て、ミツはアルヴァロッタ達に視線を移した。

「どこか行くところですの?」
「うん。こいつを職員室に連れてこいって言われてるの」
「にゃんこ先生の指示ですね」
「そうだねえ……」

そこでアルヴァロッタが健吾を見て言った。

「ミツはあたし達と同じ生徒会にいるんだよ。西生徒会の副会長だね」
「その生徒会……? ってのは何なんだ?」

問いかけられ、彼女は胸をそらして言った。

「決まってるじゃない。あたし達貴族の中のエリート中のエリートが入れる最高機関よ。街の仕事とかも受注してこなしてるんだから」
「へぇ……だから俺の捜索に出てきてた訳か」

どうやら健吾が知っている一般常識的な生徒会とはまた違った組織らしい。
ミツは頬を抑えて考え込むと、テーブルに広げていた書類を鞄にしまってから車椅子を動かした。
そして健吾の脇に並んで彼を見上げる。

「わたくしも同行しましょう。アニマルさんに少し興味がありまして」

彼女は手を伸ばすと、健吾の手の甲を指先で撫でた。

「アニマルさんじゃねぇよ」

健吾はため息をついて歩き出した。
アルヴァロッタとサラサもそれに続く。
ミツの車椅子は、どういう仕組みになっているのか勝手に進んでいた。
快適そうにそれに乗りながら、彼女が大きくあくびをする。
道すがら健吾を発見した経緯を聞き、ミツは目を輝かせて顔を上げた。

「ということは、大魔王メルヘドス卿の禁呪が成功したわけですね!」
「禁呪?」

聞きなれない言葉を問い返すと、ミツは頷いて続けた。

「魔王以上の『スーパー悪魔』クラスになりますと、伝承にあるような禁じられた呪法を扱うことができる人もいるのです。おそらくアニマルさんはそれで喚び出されてしまったのかと」
「スーパー悪魔って……いや、まぁ……まったく、迷惑極まりねぇぜ……」

ボヤいて、健吾はゲッソリした顔で言った。

「俺ちゃんと帰れんのかなぁ……」
「何落ち込んでんのよ。来たばっかじゃない」

アルヴァロッタがそう言って、大きな屋敷のような建物の前で足を止めた。
やはり黒色の門がそびえ立っている。

「ここよ。とりあえず先生達に挨拶しましょ」


職員室……と名付けられた巨大な屋敷は、教師の宿舎も兼ねているらしかった。
談話室のようなところに通され、健吾は半魚人のような男性や、体の半分が樹のようになっている女性に囲まれて目を白黒とさせていた。

「フム……これはのう……」

健吾を見ながら、首がやけに長い老人が言う。
その隣にいた半透明の男性が、息をついて腕組みをした。
ざわざわと先生達が話し始める。

「ルバロン様は保護するように、と仰っていたが……大丈夫でしょうか?」
「しかし西の大魔王からまだ連絡がない以上、いかようにも動くことはできぬな……」
「下手をしたら不可侵条約に違反することに……」
「西の大魔王の勢力を招き入れていることが既に条約に触れているのでは?」
「しかし他国に竜の魂が渡るのも得策とは言えまい……」

何やらヒソヒソ話をしている皆さんを見回し、健吾は隣に座っているアルヴァロッタに耳打ちした。

「何か……歓迎ムードじゃない感じ?」
「そうみたいね」

頷いてアルヴァロッタはミツを見た。
人魚の少女はそー……と健吾の頭に手を伸ばして、その髪を一本つまんだ。
そしてプチッと引き抜く。

「痛い!」

ビクッとした健吾がミツを見て語気を荒げた。

「何すんだ人魚女!」
「頭にゴミがついていただけですわ~」
「にゃんこ先生はまだでしょうか……」

混乱している風の先生たちを見回して、サラサがため息をつく。
そこで扉を開けて、でっぷりとした腹を揺らしながらにゃんこ先生が談話室に入ってきた。
彼はソファーに腰を下ろし、健吾を見た。

「おお、バカよ。見た感じ元気そうだな」
「とりあえず生きてはいるよ」
「何よりだ」

頷いて、にゃんこ先生は周りを見回した。

「……事前に話をしていた通り、ザイン・フローでこの少年を保護することに決定した。それと言うのも少々問題があってな……」
「問題?」

思わず健吾が口を挟むと、猫は頷いて続けた。

「東の大魔王、タルスヘルン・ノーランド卿が西の大陸に進行を始めた。おそらく目的は、禁呪と精霊宝具の奪取であろう」

先生達がざわついて顔を見合わせる。
彼らと話しはじめたにゃんこ先生を尻目に、健吾はまたアルヴァロッタに耳打ちした。

「……他にも大魔王がいんのか?」

アルヴァロッタも声を低くして健吾に返す。

「うん。東西南北の大陸に一人ずつね。さっきにゃんこ先生が言った、タルスヘルン卿っていうのがちょっと過激派で、他の国と戦争ばっかしてる大魔王」
「こっちの世界も大変だな……」
「あんたを喚び出したっていうメルヘドス卿は、割と温厚な大魔王なんだけど……東と戦争になったら、あんたを元の世界に帰すどころの話じゃないかも……」
「マジかよ……」

健吾が肩を落とす。
つくづくついてないな……とゲッソリしてきた彼を見て、ミツがボソリと言った。

「もしくは、戦争のために喚び出された……とか?」
「どういうことです?」

浮遊していたサラサが、床の方に降りてきて口を挟む。
ミツはカバンの中をゴソゴソして何かをしながら続けた。

「アニマルさんを呼び出すために、竜の魂が使われたんでしょう? 竜の魂といえば、精霊宝具の中でもトップシークレットの機密物です。それに禁呪をかけ合わせたんですから、事情は知りませんけど……よほどの理由があったんでしょうね」
「俺の知らないところで何か俺がめんどくさいことになってるのだけは分かるよ……」

健吾はそう言って、ミツを見た。

「でも俺は俺だ。見ての通り戦えないし、特別な力もないぞ」
「そこが問題です」

頷いてミツは健吾を見た。

「大魔王ともあろう方が、何故こんなのを喚び出したのか……」
「お前今さり気なく『こんなの』っつったな」

健吾のツッコミを無視し、彼女はまたカバンをガサゴソし始めた。

「疑問は尽きませんところです。先生方が慎重になるのも当然かと……」
「成る程ね……」

息をついてアルヴァロッタが頬杖をつく。

「この学園はどこの勢力なんだ?」

ふと思った健吾が問いかけると、彼女は首を振って答えた。

「ここはすべての大陸の中心部に位置するバンドラっていう土地にあるの。いわゆる、どこにも属さない治外法権の場所よ」
「そうか……まぁ、事情は大体分かった」

健吾も彼女と同じように頬杖をついて考え込む。
とは言っても、いくら議論されても帰れない以上、自分にはどうすることもできない。
こりゃ、TSUTAYAのDVD延滞料金は大変なことになるな……と唇を噛む。
そこでにゃんこ先生が健吾を見た。

「まぁ、いろいろあるがお前をここで預かることにはなっている。いきなりタルスヘルンに突き出したりはせんから安心しろ」
「そんな選択肢もあったのか……」

小さくつぶやく健吾を、先生方が不安そうに見ている。
その視線を受けて、彼は肩をすぼめて小さくなった。
どことなく居心地が悪い。

「とりあえず、日常のことはアラリスに任せて、学園内ではこの西区の生徒会について行動するがよい。いずれにせよ、東の大陸と西の大陸が戦争で衝突すれば、大魔王と連絡を取っていられる状況ではないからの」
「気長に待て……ってことね」

健吾は頭をボリボリと掻いて頷いた。

「分かった。騒いでもしょーがないみたいだからな。そこら辺は任せるよ」
「うむ。話はここまでだ。メシを食わせてやろう。ついてこい」

にゃんこ先生がソファーを降りて歩き出した。
慌てて健吾も立ち上がってそれに続く。
アルヴァロッタが先生達に深々とお辞儀をした。


「…………」

凄まじい勢いでパンやスープを平らげている健吾を、女性陣がドン引きした顔で見ていた。
にゃんこ先生も健吾に負けず劣らずの速さで料理をかっこんでいる。
学園内の食堂……と呼ばれていた、巨大な建物には、ところどころテーブルが点在していて、中央には料理が並んでいる。
いわゆるバイキング形式で好きなものをいつでも取って食べていいらしい。

「うめぇな……! うん、なかなかイケる!」
「そうだろうそうだろう、これも食え!」

にゃんこ先生が健吾の前にドチャリ、と巨大なステーキを置く。

「肉じゃねえか!」

むしゃぶりついた健吾を軽蔑した顔で見て、アルヴァロッタはサンドイッチをかじった。

「あんた……よくこんな朝っぱらからステーキ食べられるわね……」
「野獣のようですねえ~」

ミツがコーヒーのようなものを飲みながら、カバンからバインダーを取り出した。
そして隣のサラサと、何かを話し始める。
どうやら勉強の内容らしい。

「ケンよ。せっかくだから、お主にはこやつらに混じっていろいろ授業を受けてもらおうと思うのだ」

にゃんこ先生がそう言うと、健吾はズゾゾーとスープを口に流し込んでから言った。

「そりゃいいけどよ……俺、こっちの世界のこと何もわかんねえぞ。文字だって多分読めねえ」
「そこらへんは覚えてもらうしかないな。おいアルヴァロッタ」

にゃんこ先生に呼びかけられて、アルヴァロッタが顔を上げる。

「はい?」
「腐れ縁だ。こいつに文字とかそこらへんの日常に差し支えない程度のものを教えてやれ」
「ええええええ?」

あからさまに嫌そうな顔をして、彼女は健吾から体を離した。

「嫌ですよめんどくさい! にゃんこ先生がやればいいじゃないですか!」
「そうモロに嫌がられると、ちょっとこうクるものがあるな……」
「悲しそうな顔で見るな!」

呟いた健吾にツッコんでから、彼女は頭を押さえた。

「はぁ……捜索隊に立候補なんてするんじゃなかった……」
「そんなに嫌がることもあるまい。まぁ、可愛いペットが一匹増えたと思えば……」
「ペット?」

にゃんこ先生を三白眼のような目で見た健吾を無視し、アルヴァロッタは

「可愛くないです」

とピシャリと言い放った。
そして健吾を見てまたため息をつく。

「仕方ないわね……とりあえず、生活くらいはできるようにはしてあげるけど……」
「そうか、よろしく頼むわ」

あっけらかんと笑った健吾に面食らったのか、彼女は少し顔を赤くして目をそらした。
そしてジト目で健吾を見る。

「……でもいやらしい目であたしを見ないこと」
「あれはお前らが無防備なのが……」
「いいわね?」

微笑みながら手を伸ばし、アルヴァロッタが健吾の耳を捻り上げる。
悲鳴を上げて硬直した彼を見て、ミツがニコニコと笑いながら言った。

「あらあら。随分もう仲良くなったんですね」
「そんなんじゃないわよ……」

疲れた顔で、夏妖精の少女は健吾の耳から手を離した。

>魔法 ①に続く!